「ペアの力が弱い、ですか?」
「そう、姫野早川ペアはもう少し強化したほうがいいね」
公安の大会議室に呼び出されて、マキマさんにそう告げられた。
相変わらず抑揚のない声だ。
何を考えているか分かるのに、何故それを考えているのかが分からないから、どこか得体のしれない不気味さがある。
「来週、京都組がこっちにくるから詳しい話はそのときに」
京都組。
それが何を意味するのかは、幽霊の悪魔の一件で分かっていた。
*
悪魔を殺して市民を守る仕事。
この仕事で定年を迎えた人っているのだろうか。
師匠なら知ってそうだな。
でも聞かないほうがいいのかも知れない。
アキ君は相変わらず悪魔退治に精を出しているが、アキ君はおそらくすぐに死んでしまうだろうな。
京都組の顔に傷を負った男が特異課の部屋に入ってきた。
「おう」
大柄で角刈りの男だ。
「どうも」
「誰だお前」
「京都の津田だ」
礼儀がなってないアキ君の悪態を聞き流し、津田は淡々と話を進める。
「この新人のガキに今回の話は?」
「まだしてません」
「……話?」
津田は内ポケットから取り出したタバコを吸った。
煙で表情がよく見えない。
「お前らのペアが弱すぎるから、指導してくれってマキマのやつに頼まれた。俺がするのは直接指導じゃない。より強力な悪魔との契約のことだ」
「悪魔との契約だと」
「そう、分かったら今日はもう喋るな。さっさと悪魔と契約にいくぞ」
*
薄暗い廊下を永遠と歩いて行くと扉が現れた。
「この部屋にいるのは、雨の悪魔だ。公安で契約したのは三人。契約するとき、一人は本人の片足と自分の娘の肝臓と目玉。一人は一年間だけ残した寿命全部。もう一人は下半身と手の指全部だ。最後の奴は契約したのはいいが、戦闘力が逆に下がっちまって、すぐ死んじまった。雨の悪魔は強力だが、その代償もでかい。今のお前にぴったりの悪魔だろ」
「……むちゃくちゃだ。姫野先輩。こんな契約交わすことない。帰るぞ」
アキ君が私の手をひいた瞬間、アキ君は後ろに吹っ飛んで壁に叩きつけられた。
「ぐっ……」
「俺は今日はもう喋るなって言ったんだ。俺がそう言ったんだから、お前は喋るな。三回目はない。次話すと殺す」
「アキ君、ごめんね。ここで待ってて」
私はアキ君が殺されてしまう前に一人で扉の中に入った。
「へっ?」
アキ君が隣にいた。
「喋ってないから、ついていくくらいいいだろ。それに悪魔との契約がどんなものか俺も知りたい」
「まぁ、いいけど」
津田は部屋の外で待っていたので、アキ君は殺されずに済んだ。
部屋の中なのに雨が降っている。
どこからともなく声が聞こえてきた。
「契約したい奴ハ、どっちダ?」
雨の中から声が聞こえてきた。
「わた」
「俺だ」
私が手を上げて返事をしようとしたら、アキ君が割って入ってきた。
「嘘ついちゃダメでしょ」
「嘘じゃない。上からはペアの力が弱いって指摘されたんだろ? じゃあ、俺が契約を結ぶのもありだってわけだ」
「オレは男は好かン。お前がオレと契約するなラ、お前の顔面半分を持っていク」
雨の悪魔はそう言うと、冷たい風がどこからか吹いてきた。笑っているようだった。
「そっちの女は好みダ。お前なラ、余ってる目の玉一つでいいゾ」
そんな契約をしたら、私は一生目が見えなくなる。
でも、アキ君にこんな悪魔と契約させるわけにはいかない。
私はアキ君の顔を見た。
よく見ると整った顔つきをしていることに初めて気がついた。
最後に面の良い男を拝めて眼福だ。
「待て。悪魔にも好みがあるんなら、男好きな悪魔を紹介しろ」
「⋯⋯いるにはいるガ、お前の態度が気に入らなイ」
アキ君は黙って頭を下げた。
アキ君が頭を下げるところなんて、初めて見た。
少しの沈黙のあと、悪魔は囁いた。
「狐の悪魔に会ってみロ。お前の面が傷つくことになるがナ。アイツはすぐに見つかるはずだ」
「いこう、姫野先輩」
アキ君に連れられて、結局私たちは雨の悪魔と契約せずに部屋を出た。
アキ君が話すと殺されてしまうので、私が津田に今回の経緯を伝えた。
狐の悪魔は友好的で、京都の公安にいるらしい。
津田が京都に戻るときにアキ君も同行することになった。
雨の悪魔の話を信じるなら、狐の悪魔にアキ君の綺麗な顔は傷つけられてしまうのだろう。
アキ君はきっと気にしないふりをするけれど、自分の顔に一生傷が出来る辛さを私は知っている。
アキ君はきっと大丈夫なふりをするけれど、悪魔と契約することの苦しみを私は知っている。
私も銃の悪魔を殺したいから。
公安にいると、どんどん自分が奪われていく気がする。
いつか私が私だと分からなくなるほど奪われても、アキ君は私だと気づいてくれるのだろうか。
気づいてほしい。
そしたら、その時はちゃんと死ねる気がするからさ。
京都から戻ってきたアキ君は、綺麗な顔のままだった。
聞けば狐の悪魔は気に入った人間の顔には傷を付けずに契約してくれるらしい。
「イケメンっていうのはつくづく得な人生ですな」
煙と皮肉を吐き出して、アキ君の顔を見つめたら、目があってしまった。
耳が少し熱くなってしまったことは、煙でうまく隠せたと思う。
【第3話に続く】
【第1話】
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